ISOで定められた被削材分類記号のP系列に軟鋼と一般鋼が含まれます。材料の被削性によって決められた被削材分類記号ですが、軟鋼と一般鋼の被削性は、流れ形の切りくずが出ること以外はかなり違います。
P系列の被削材と被削性
軟鋼は、切りくずが延びやすく仕上げ面を傷つける恐れがあり、また名前の通り軟らかいので刃先に溶着を生じやすいのですが、切削抵抗はそれほど大きくありませんので、切りくず処理や耐溶着性を第一に考えて工具を選定する必要があります。
それに対して一般的な鋼は、切りくずの処理はさほど面倒ではなく、工具寿命や加工能率に主眼を置いた工具選定ができます。
鋼は含有炭素量が多くなればなるほど熱処理性が増し、硬く、ネバくなります。このような高炭素鋼と呼ばれる鋼は、切削に関する高い熱が出ますので、熱に強い工具材料が必要です。逆に低炭素鋼は、軟鋼と同様に切りくず処理や溶着が問題になります。
P系列の加工例:鋼の歯車
鋼加工するための工具選択
鋼は地球上で最も多く使われている金属材料であり、その分、用途に合わせて細かい分類も多岐にわたっています。広く一般に切削加工されている材料ですので、鋼を加工するための工具も多種多様なものが揃っています。
しかし、前述のとおり、一口に鋼といっても、炭素鋼や合金鋼などの一般鋼から工具鋼まで、その種類や特性も用途・種別によって各々細かい判断が必要になります。ただし、いずれの鋼の切削加工においても、切削熱が発生するという共通した問題があるため、熱に強い工具を使用するという基本は守る必要があるでしょう。
炭素鋼
炭素鋼は超硬合金で切削すると、溶着やすくい面摩耗が発生します。
これは炭素鋼と超硬合金中のWCの親和性が非常に高いためで、炭素量が低いほど溶着が顕著になり、炭素量が高くなるほど切削熱が発生するためすくい面摩耗が発達しやすくなります。
溶着が大きく発達すると、溶着成分が切れ刃の代わりのようになり、被削材を削る「構成刃先」と呼ばれる現象が起きます。構成刃先が生じた場合、工具の逃げ面摩耗がほとんど見られなくなるため、工具寿命の観点からは有利ですが、削りすぎや加工面のむしれなどが起こるため、仕上げ面あらさは悪くなるといえます。
合金鋼A
合金鋼は含まれる合金元素*によって、その特性が変わります。
よく使用される元素はNi(ニッケル)、Cr(クロム)、Mn(マンガン)、Mo(モリブデン)などがあり、以下のような特徴があります。
ニッケル(Ni) - ネバくなる。
クロム(Cr) - 硬くなる。硬質粒子を形成する。
マンガン (Mn) - 硬くなる。ネバくなる。
モリブデン (Mo) - 硬くなる。硬質粒子を形成する。
などで、いずれの元素も少量、微量であれば、切りくず処理がしやすくなったり溶着を防いだりと、被削性は良い方向に向かいますが、含有量の増加にしたがい、硬く、強くなりますので、削りにくい材料となっていきます。
工具鋼T
工具鋼は、その名のとおり工具に使われるような、硬くて強い材料です。
炭素工具鋼、合金工具鋼、高速度工具鋼などがありますが、この工具鋼は0.6%以上の炭素を含んでおり、炭素量が多くなればなるほど、析出*する炭化物が増えるため、硬く、摩耗しにくくなります。
炭素だけが主な含有元素である炭素工具鋼に対して、析出する炭化物や鋼の母体金属を強化するために、合金元素を加えたのが合金工具鋼です。
さらに高温かたさを向上させるために、より高温で熱処理を加えたのが高速度工具鋼で、高速切削によって発生する切削熱にも耐え得るかたさを持っています。
いずれの工具鋼も、熱処理を加えているため非常に硬いのですが、切削加工によって切削熱が発生すると、焼が戻ってしまう可能性もありますので、注意が必要です。
軟鋼
軟鋼を加工する際に注意しなければならない問題点は、切りくず処理と溶着です。
軟鋼は文字通り軟らかく、また熱処理による問題もないため、工具の損傷という点では問題が少ないのですが、溶着による仕上げ面粗さの悪化や長く延びた切りくずが工具や被削材に絡まることによる作業性の低下などが問題となります。
ですから、軟鋼を切削加工するときは、溶着しにくい工具材料を選ぶのはもちろん、切りくずを上手に処理できる工具形状の選択が重要です。
冷間鍛造材とは、一般に冷鍛材と呼ばれ、常温で鍛造加工された材料のことです。
ですから、成分による括りは非常に大まかなものとなり、冷間鍛造されていれば、ほぼ例外なく冷鍛材と呼ばれることになります。しかし、常温で加工できるような軟らかい低炭素鋼などの素材でなければ、冷間鍛造はできません。
冷鍛材は、鍛造により既に加工硬化が入っていますので、切削加工をする前に一度熱を加えて軟らかくし、削りやすくしているのが一般的です。このため非常に切りくずが延びやすい材料となっています。さらに、既に鍛造という工程を経ているため、取り代が少ないことも切りくずが延びる要因につながります。
また、鍛造という加工工程の特性上、薄物になっている場合が多く、結果的に剛性が低くなっているのも特徴のひとつといえるでしょう。
このような特性を持つ冷鍛材ですから、切削加工時、非常にビビリやすく、また、切りくず処理が難しく、仕上げ面も傷つきやすいと、切削加工しにくい材料として捉えられています。
熱間鍛造は、高温に鍛造する加工で、常温では硬くて加工しにくい材料に対して行う場合があります。
熱間鍛造材(熱鍛材)は、高炭素鋼や合金鋼などの比較的切削加工しやすい材料ですので、熱間加工による焼肌(=黒皮)部は非常に硬くなることを除けばm切削加工における問題は、少ないといえるでしょう。
快削鋼とは、名前の通り切削しやすくするために合金元素などを成分を調整している鋼です。しかし、あくまで加工する立場から見た「快削性」ですから、切削工具に対して常に良い影響があるとは限りません。かつて主流だった鉛快削鋼は、比較的低い温度で液相ができる鉛を配合することで、加工界面をすべりやすくして切削抵抗を低減し、切削工具との潤滑性が増すため工具寿命を延長でき、そして切りくず処理もしやすいものでした。
この鉛が環境に及ぼすため使用を制限されることになり、鉛フリー快削鋼が開発されています。
現在一般的に流通しているのは、鉛の添加量を抑えた鉛レス快削鋼で、そのなかでも広く使われているのが硫黄快削鋼です。この硫黄快削鋼は、組織中に細かい硫化物を分散させることで快削性を高めており、確かに切削抵抗の低減や、切りくず処理には非常に効果があるのですが、硬い硫化物が切削工具をこすり、切れ刃にすき刃のような摩耗損傷が生じることがあります。
この例のように、快削鋼といっても、必ずしも名前通りに快削性を与えるばかりではありませんので、それぞれに添加されている合金元素が、どのような効果を与えるのかをきちんと把握する必要があるでしょう。
プリハードン鋼とは、金型材としてよく使われる鋼材です。
一般に材料に熱処理を施すと歪みや変形が生じたり熱の影響で表面が荒れたりします。そのため、加工後の材料に熱処理を施すと、寸法変化や表面の変質が起こり、そのままでは使えない状態になります。また、加工によって材料の肉厚が変化するため、均質な熱処理を施すのは非常に困難です。しかし、加工前に熱処理を行うと、材料が硬くネバくなるため、非常に加工しにくくなります。
そこで熱処理の手間を省いたプリハードン鋼が用いられるようになったのです。
プリハードン鋼は、鋼材メーカが予め熱処理を施し、所定の硬度に調整して出荷されます。できるだけ加工しやすいかたさや成分に調整していますが、金型材としての寿命などの性能は熱処理したものと遜色がないため、改めて熱処理を行う必要がなく、目的の形状に加工するだけで使用できるというのが売りです。
しかし、現実は焼入れ鋼と同等のかたさを有しているのもあるため、切削加工が難しい材料のひとつとして捉えられています。
各鋼材メーカが自由に名称をつけているため、同じ製品記号、成分でも熱処理を施されていない(生材)、名前だけのプリハードン鋼も流通しているようです。
x