EYE on MARKET vol.10

自動車産業の転換点

~注意すべきはヨーロッパスタンダードの今後~

自動車産業の転換点

EV化への流れは不変、ただし動きには幅が見られる

変化するEUの動向とその背景

 2021年7月、EUは政策パッケージ「FIT for 55」を発表し、2030年のCO2排出量を2021年比で55%削減する目標を打ち出した。これに伴い自動車関連では、2035年以降のヨーロッパでの新車販売を実質的にEVとFCVに限定する方針が示された。その結果ヨーロッパでは、2035年以降はICE(インターナル・コンバッション・エンジン)車が販売禁止となる。そんな流れが確定したように受け止められていた。

 ところが、この方針にドイツなどが反対した結果、2035年以降も「e-fuel(合成液体燃料)」車の販売が認められる運びとなった。e-fuelとはCO2と水素から人工的につくられる燃料であり、CO2排出量が実質ゼロ、すなわちカーボンニュートラルな燃料とみなされる。

 このような動きの背景の一つとして推測されるのが、電力の需給問題である。単純にEVだけが急激に増えると、ヨーロッパでは電力不足に陥るおそれがある。そのためFCVに加えてe-fuel、さらにはPHVにも期待が寄せられている。

 一方でEVに関して、急激な伸びを示しているのが中国である。ICEでは日欧米に勝てない中国は、EVでの自動車強国をめざしている。なので中国では政府が補助金を出し、その結果としてEV販売は好調となっている。実際に2022年末でいったん補助金を打ち切る方針が発表されると、需要は急減した。そのため補助金継続へと再度方針転換された結果、現状では需要が復調している。

 インドネシアでも国を挙げてEV化を推進している。その理由は同国で深刻化している大気汚染を防ぐためであり、政府が補助金を出してEVへの転換を進めている。その結果、同国はEVの販売台数で先行していたタイを抜いた。

自動車産業としての雇用にも配慮する日本

 日本では、トヨタが2026年までにEVの世界販売台数を年間150万台、30年には350万台にまで増やす方針を打ち出している。2022年度における同社のEV販売実績が約2万4000台である現状を踏まえれば、極めて野心的な目標である。ただし、トヨタの基本戦略はEVだけでなく、水素エンジンも含めた全方位戦略と考えられている。

 日本の電力事情もヨーロッパと同様であり、仮に日本のクルマがすべてEVに置き換われば、新たに原発数基分に相当する電力が必要となる。バッテリー用のレアメタルについても、供給不足となるおそれが否定できない。レアメタルの供給は世界的な問題であり、2023年6月にはEUにおいて、EVなどに使われるバッテリーのリサイクルを域内で義務付ける規制案が採択された。これにより主要材料のリチウムについて2027年までに50%、31年までに80%の再資源化が必要と定められている。

 日本では、EV化への急激な転換が、国内の雇用情勢に甚大な影響を及ぼす懸念もある。ICEからEVへの切り替えにより、1台あたりに必要な部品点数が大幅に減るため、自動車関連の雇用について、現状で自動車関連産業に従事する約550万人のうち、70〜100万人の雇用喪失となる可能性がある。日本では自動車産業が、国内雇用の重要な受け皿として機能してきた経緯を踏まえれば、メーカーには雇用を守る観点も求められる。

 世界の状況を俯瞰的に捉えるなら、ヨーロッパにおける全面的なEV化には若干の減速傾向が見られる一方で、中国がEVにおいて世界トップを狙う動きは変わらず、日本では雇用にも配慮するためPHVも含む全方位対応のような動きも窺える。従って全世界が一斉に一様に動くといった統一的な予測は、現時点では不可能である。ただし一点、カーボンニュートラルの観点から、ICEが減ることだけは確定した未来だといえる。
 

自動車産業としての雇用にも配慮する日本

カーボンニュートラル対応は不動の課題

 自動車産業に限らず、カーボンニュートラルへの取り組みは、人類共通の課題となっている。IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)は2023年3月に第6次統合報告書を発表し、温室効果ガスの急速な削減の必要性を打ち出した。これを受けて国連のグテーレス事務総長も、温室効果ガス削減目標の前倒しを各国に呼びかけている。

 企業の取り組みも進められており、例えば米・Apple社では2030年までに、同社のグローバルサプライチェーンに対してカーボンニュートラル達成を求めている。このような動きが今後、自動車産業にも波及する可能性は高いと考えられる。実際にヨーロッパの自動車メーカーから日本のサプライヤーに対して、パーツの生産工程におけるCO2削減目標が提示された事例も出ている。指定された削減目標を達成できない場合は、取引停止が示唆されている。

 かつて工作機械における安全基準は、EU基準を前提として制定されてきた。同様に自動車業界のスタンダードも、基本的にヨーロッパによって定められている。今後ヨーロッパの自動車メーカーから、サプライチェーンにおけるカーボンニュートラルを求められる可能性はかなり高く、パーツメーカーにはそれなりの備えが求められる。
 

加速するアルミパーツへの切り替え

 ICEからEVへの切り替えにより、エンジンやトランスミッションが不要となる。これを象徴するのが、モーターと減速機、インバーターをパッケージ化するEV用のトラクションユニット「e-Axle」である。EVのコアユニットとなるe-Axleでは、今後もコンパクト化が進められる。e-Axleに象徴されるように、ICEで必要とされる自動車部品点数約3万点のうち30%が、EV化により不要になると考えられている。ただし一方では、e-Axleを構成するための部品など新たなパーツも必要となる。

 EVは大容量のリチウムイオンバッテリーを搭載するため、同サイズのICEに比べると車両重量が重くなる。そこで軽量化のためにアルミ素材へのシフトが予想され、一部にはプラスチック樹脂への代替を模索する動きもある。米国市場のデータによれば、乗用車に使用されるアルミ合金の年平均成長率は3.5%と見込まれている。2030年には、乗用車1台あたりに使用されるアルミ合金は約260kgで、乗用車を構成する部品の総重量の約15%相当になると予想されている。パーツのアルミ化に伴い、アルミ加工に必要な工具に新たな需要が生まれる。

次世代自動車センター浜松

 ヨーロッパスタンダードの普及を視野に入れて、パーツ生産についてもカーボンニュートラルへの取り組みが始まっている。例えば生産ラインを既存の半分とする「ダウンサイジング」に取り組む動きも出ている。生産ラインが小型化されると、BT40番サイズからBT30への切り替えが進むなど新たな動きに対応する工具開発も進められている。

出典:Duckerfrontier社レポート
http://1pp2jy1h0dtm6dg8i11qjfb1-wpengine.netdna-ssl.com/wp-content/uploads/2020/08/DuckerFrontier-Aluminum-Association-2020-Content-Study-Summary-Report-FINAL.pdf

年平均成長率
 米国市場のデータに基づくと、乗用車に使用されるアルミ合金のCAGRは3.5% /年で成長、2030年の市場予測としては1台あたりに使用されるアルミ合金は570ポンド(約258.5kg)となり乗用車を構成する部品の総重量の内約15% /台を占める。

高精度シミュレーションを活用しCO₂削減をサポート

 EV化の進行に伴う一連の動きを踏まえて、当社ではまずアルミ加工向け工具、小型化ニーズに対応する工具類の充実に努めている。さらにカーボンニュートラル対応をサポートするための、デジタルソリューションの提供にも力を入れている。

 これを当社では「モノ売りからコト売り」への転換と捉えており、例えば顧客ごとに異なるCO2削減目標に応じたシミュレーションを行う。すなわち顧客の設備、対象となるワーク、図面データ、工作プログラムなどのデータを基にしたシミュレーションにより、加工時の切削抵抗などもグラフによって「見える化」して提示する。これにより目標とするCO2削減量を達成できるかどうかを事前に判断できる。

 シミュレーションを行ったあとには、当社のテクニカルセンターで実機を使っての評価も可能であり、顧客にとってはテスト段階での負荷軽減につながる。高精度なシミュレーションを可能にしているのは、早くから独自に取り組んできたビッグデータ収集とその解析に基づくノウハウの蓄積である。このシミュレーションサービスについては、すでに過去5年間で約800件の解析提案を行っている。

 もとより当社もカーボンニュートラルの取り組みは鋭意進めており、2023年2月には温室効果ガスの削減目標を見直し、引き上げている。同時に当社が提供している超硬工具については、使用後の工具を回収して新たに原料化するリサイクルも積極的に進めている。

 これら一連の取り組みにより当社は、自社はもとより顧客のカーボンニュートラル対応もバックアップしていく。