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約30年で100億円にものぼる積極的な設備投資と高い技術力で成長を遂げる大型真空チャンバー製造の雄
半導体ウェハーや液晶・有機ELパネルの製造工程では、空気やガス、蒸気、微細粒子などの不純物の混入を防ぐために真空環境をつくるチャンバー(容器)が必要になります。このうち大型の真空チャンバーでトップクラスのシェアを誇るのが宮城県のメルコジャパンです。
代表取締役会長の栗田益行氏は、1960年に茨城県日立市でプレス金型材料と特殊鋼の販売を手がける栗田特殊鋼商会をたった一人で創業しました。「私の兄が東京で金属材料卸に携わっていたので、関連する業種で起業することにしました。兄の関係先から材料を仕入れられたので、起業時の環境としては恵まれていたかもしれません」と振り返ります。創業後間もなく取引先メーカーの工場が地方に移転したことに呼応し同社も地方に進出。茨城県のひたちなかや福島県のいわき、仙台、北上、山形など、北関東や東北に拠点を設立し販売網を拡大していきます。また創業時には切断機のみでしたが、徐々に加工設備を増やしていきました。
しかし1980年代に入ると、大手の特殊鋼商社が地方に進出。熾烈な競争が始まり「特殊鋼だけではなく、何か特徴を持たないと生き残れない」と考え、当時はさほど需要がなかったものの、将来的に産業機器や建築分野などで幅広い用途が見込めるステンレスに目をつけメインで取り扱うようになったのです。そんな会長の読みは見事に的中。ステンレスの受注は年々増加し、材料の保管や物流を担う拠点が必要になったことから、宮城県伊具郡丸森町に材料ストックセンター兼加工センターを1996年に設立しました。丸森町を選んだ理由は大量の在庫を保管する広大な敷地を確保できること。また当時の営業拠点網のほぼ中間地点にあり、材料供給に便利だったからです。
丸森工場が稼働を始めてから数年後、取引先の調達部長から「機械を5~6台、安く用意するので外注先として仕事を請けてくれないか」と誘いを受けます。会長は「こんないい話はない」と銀行から資金を調達し機械を購入して丸森工場に導入。しばらくはステンレスの溶断などのシンプルな作業を請け負っていたところ、精度の高さや仕上がりの美しさが評価され取引先を拡大。真空チャンバー製造を依頼されたことから、溶接の設備を導入するとともに技術者も雇用し、今の丸森工場の基礎ができあがります。
現在の丸森工場にはステンレスの加工・切断、製缶・溶接、機械加工、電解研磨、板金までの一貫製造体制を構築。特に大型設備を多数導入しているところが大きな特徴です。「他社ができる小型製品ではなく、10~20tクラスの大型真空チャンバーを製造しており、国内外でメルコジャパンの名前は知れ渡っていると自負しています。また約8000tにも及ぶステンレスの在庫を常時確保する供給力や、卓越した職人技による技術力を強みにお客様の信頼を獲得し成長を遂げてきました」。
そういった強みを持つ同社でしたが、丸森工場は小型製品や精密部品の製造はあまり手がけておらず、大型真空チャンバーの製造がメインだったため繁忙期と閑散期の差が大きい、という課題がありました。そこで2014年に経済産業省の「津波・原子力災害被災地域雇用創出立地補助事業(第2次)」に応募。翌2015年に二十億円強かけて宮城県亘理郡山元町に土地を購入し海岸工場の第1工場を建設。続いて2021年3月に同補助金(第8次)に応募し、さらに二十億円強をかけて第2工場を設立しました。いずれも費用の半分は地元の人材を新たに雇用するという条件で補助金によりまかなっています。
「丸森工場の設立以来、約30年でおよそ100億円を投資しています。これだけ大規模に投資してこられた理由はお客様の信頼を得てきたからです。大型の真空チャンバーは製造方法のマニュアルがありませんでしたが、うちの技術者が試行錯誤しながら技術力を高め、独自のノウハウを蓄積してきました」。
そう語る栗田会長は工具について、どのように考えているのでしょうか。この問いに「当社にとって理想の工具メーカーは、品質が良くて安い製品を迅速に供給してくれるところです」と即答。「ステンレス材料の多種多様な加工に合わせて、更に色々な工具を紹介してほしいですね。もっと仲良くしましょう」と笑って答えてくれました。
コロナ禍で市場の需要は若干落ち込みましたが、今後はさまざまなメーカーで大規模な設備投資が動き出すと予測する栗田会長。「カーナビの画面の大型化と省エネ化の拡大に伴い有機ELの需要が拡大することは確実で、真空チャンバーの受注増が期待できます。また、半導体製造装置メーカーが開発する縦型真空チャンバーも受注する見込みです。さらには半導体製造装置の真空チャンバーも私共に引き合いが来ると見込んでいます」。
このように同社にはフォローの風が吹いており、会長は今後も積極的な設備投資により需要増に応えていく方針。「現状に満足せず、5年後10年後を見据えた発展を考え設備投資を続けていきたい。そして会社の基盤を築いたうえで次世代にバトンタッチしたい」と意欲的に語る栗田会長。88歳という年齢にはとても見えない若さとバイタリティーあふれる会長の目は常に未来を見据えています。
山元町の海岸工場では真空チャンバーの他、半導体製造装置部品、航空機部品、原子力発電所の廃炉設備部品などを製造しています。2021年3月に新設した第2工場には、マザック通りとオークマ通りと呼ばれる2ラインを整備。マザック通りには5軸機4台と無人搬送車を連結して自動化・無人化を図るFMS(フレキシブル搬送システム)を構築し、24時間連続運転を実現しています。FMSではオペレーターがパレットに材料をセットすると、機械が加工する材料を自動的に取り出し工作機械に搬送してセット。プログラム通りに自動で加工した後、パレットに戻し、また次の材料を取り出して加工を始めます。
「私共のような少人数で運営している工場では今後、自動化は必須になります。昼間は人が機械を動かし、夜間は無人化することによって人手不足解消やリードタイム短縮、ヒューマンエラーの減少につながると期待しています」と海岸工場工場長の石塚義也氏は話します。続いてFMS部の泉裕樹氏はFMSのライン設計にあたった苦労を振り返ります。「自動化は搬送システムが要になります。私たちは工作機械のことは知っていますが、搬送システムについては分からないので一から勉強しました。一番苦労したことは複数の材料を搬送することです。1種類の材料を搬送するなら問題はありませんが、複数になると動きは複雑になります。機械が自動で優先順位を決めるので、ときには先に加工したいものが出てくる可能性もあります。その順番をプログラムで調整したり、オペレーターが搬送する順番を変えたりするなど工夫しています」。
FMSの他にも同工場内には効率化へのさまざまな工夫がなされています。「マザックのマシニングセンターでは主軸のプルスタッド側にICタグを貼りつけて工具を管理しています。従来は工作機械から工具を外すときに工具の種類や加工方法、担当者名などを紙に書いていました。ICタグ管理に変更したことで書く手間が減り、書き間違える心配がなくなりました。工具の所在をPC上で確認することもできます。また、工具とホルダの最適な組み合わせなど、加工に携わるスタッフ間で情報を共有できます」と泉氏は効率化とミス防止に役立つとメリットを強調します。
一方のオークマ通りには、大型旋盤1台とマシニングセンター3台を導入しています。オークマ門型マシニングセンターはスピンドルが変わるので、ステンレスもアルミニウムも加工が可能。アルミニウムは回転数が多くないと加工ができないので、1万回転に設定し機械本体の耐久性を高めています。
同社の強みは設備力だけではありません。技術力についてもお客様から高い評価を受けています。真空チャンバーは気体の漏れや透過、吸蔵気体の放出が少ないことなどが絶対条件として求められます。特に液晶パネルや半導体チップの高精度化に伴い、品質面においては近年、メーカーのチェックが厳しくなり、加工精度と溶接の気密性、傷には細心の注意を払っています。「当社には経験豊かなベテラン技術者が多数在籍しており、加工面ではお客様が求めるシビアな公差内に収める技術を持っています。また、ステンレス溶接(Tig溶接)においても当社がつくる製品は気密性と強度が高く、仕上がりが美しいと高い評価を受けています。さらに製造の最終段階である精密洗浄の工程では大型精密洗浄槽を導入し、ネジ山や溶接の穴の油分まで確実に除去しています」と石塚工場長は胸を張ります。
その加工精度の高さを証明するために、生産技術部の水戸進氏は、ひとつの事例を紹介してくれました。「400φに対して穴の公差域クラスf6(−0.062~−0.098)という製品の加工をしてほしいという相談を受けました。どこも請けてくれる業者がないということで当社が受注。技術者と図面を用いながら軽く打ち合わせを実施しただけで、指定通りの公差内に収め、納品することができました。その案件は今も継続して受注していますが、これまでクレームを受けたことはありません」と強調します。しかし精度は良くても稀に細かい傷をつけてしまうことがあるとのこと。「一度、傷をつけてしまった加工方法は二度と採用しません。例えばドリル穴をあけてザグリ加工をする段階で傷をつけてしまったときには、最初にザグリ加工をした後にドリル穴をあける順番に変更しました。その結果、傷がつかないようになりました」。
そんなベテラン技術者の技術力を若手に継承していくことが課題になっていると石塚氏、泉氏、水戸氏は話します。「現在はベテラン技術者の腕に頼りきっているので、その方たちの経験値のデータ化を進めています。例えばクランプで締めるときは抽象的に説明するのではなく、“この位置から45度”などと具体的な数値で示し、誰が加工しても同じ精度になるようにしています」と泉氏は若手の育成が進んでいることを強調します。
同社の技術者は工具メーカーとのコミュニケーションを重視しています。「初めて加工する製品では工具の選定や加工手順を工具メーカーさんに相談することがよくあります」と石塚工場長。続いて泉氏は「先ほど説明したザグリ加工の件も三菱マテリアル営業の平塚さんにアドバイスをいただきました。平塚さんはレスポンスがとても良いんです。工具メーカーさんは普通、発注するかどうか分からない場合、サンプルを提供したがらないのですが、平塚さんは電話するとすぐに届けてくれます。平塚さんが好きなので何でも相談してしまいます」と頼られている様子です。
「現場の方々が求める工具とは」という質問には、「価格が安くて長寿命が必須条件」と石塚氏、泉氏、水戸氏は即答します。「三菱マテリアルさんの工具は少し価格が高めですが、品質が良いので生産性と耐久性が向上し、より長く使用できるため、経済性に優れた工具です。今後は購入品を更に増やしていきたいと考えています」と話す泉氏。この言葉を受けて三菱マテリアル営業の平塚氏は「最近ではアルミニウム合金・難削材加工用カッタAXD4000などを納入しました。メルコジャパン様には、まずサンプルを提供し、実加工機で他社と比較・検討した結果、ご採用いただきました」と説明。石塚工場長は「AXD4000はヘリカル加工で加工率の向上や寿命延長に期待しています」と納入した工具の印象を語ってくれました。そして三菱マテリアルの技術サポートの柴田氏は「パートナーシップを強めながら製品の課題をご指摘いただき、次の新製品開発や製品の改善につなげていきたい」と続けました。
最後に、今後のものづくりについてメルコジャパンの石塚氏、泉氏、水戸氏は次のように話します。
「現在、FMSに連結する4台目のマシニングセンターの設置工事を進めており、来春には本格的に稼働する予定です。昼夜問わず加工し生産性を向上していきたい」(石塚)
「“お客様からいただいた図面を見て加工ができないとは決して言うな”と、先輩から教わりました。形あるものは必ず加工できるという信念のもと、常に工夫していきたい」(水戸)。
「24時間稼働できる体制を構築することが当面の目標です。また会長からは“仏壇を用意したのだから魂を入れなさい”とよく言われます。導入した設備に技術という魂を入れ、品質の良い製品をつくっていきたいと考えています」(泉)。
メルコジャパンのように大量のステンレス加工を手がけるのは、日本はもとより世界的に見ても珍しいはずです。そういう強みをさらに強化しながら、今後も真空チャンバーを中心に、半導体製造装置部品や航空機部品の製造など、活躍の場を広げていくことでしょう。