アークイオンプレーティング法を用いた物理気相成長による硬質薄膜の成膜技術
高橋 正訓 仙北屋 和明
Technology of Hard Thin Films by Using Physical Vapor Deposition with Arc Ion Plating System
Masakuni TAKAHASHI Kazuaki SENBOKUYA
1. はじめに
工業製品の高度化,高精度化,新興国における工業製品需要の爆発的拡大により,製品加工における品位,生産性がますます要求されている。工業製品をより速く,より安価に,より高精度に加工することに多大な貢献をしているのが切削加工であり,その加工に使われる切削工具であるのは疑いの余地もない。切削工具がこのような要求に応え続けるためには,工具用素材はもとより,コーティングによる表面改質がきわめて重要な鍵となる1,2)。とくに硬質皮膜を表面にコーティングされた切削工具は,切削加工技術の高度化に貢献している。硬質皮膜は,おもに超硬合金の表面を数μm~数10μm の厚みの硬質セラミックスの薄膜で覆い,工具寿命を著しく向上させるだけでなく,面粗度などの被削材表面の加工品質を向上させることなどによって付加価値を与えている。
切削工具を高度化させるための硬質皮膜を被覆する方法はいくつかあるが,膜寸法およびその機能を高度に制御でき,また廃液処理等を含まないドライコーティング技術がもっぱら用いられている。このドライコーティング技術は,PVD(Physical Vapor Deposition;物理気相成長)法とCVD(Chemical Vapor Deposition;化学気相成長)法に大別される。CVD法は,ガス状原料を用いて分解還元・酸化・置換などの化学反応によって基板表面に薄膜を形成させる蒸着法であり,一方PVD法は,抵抗加熱による熱エネルギー,電磁波によるエネルギー,もしくは電子やイオンなど粒子の運動エネルギーを利用して固体原料を蒸気化・イオン化して基板に薄膜を蒸着するものである。これらのコーティング方法には一長一短があり,設備の簡便性や成膜制御性,生産性,さらに薄膜材料と基板に対する適合性などの観点から最適な方式が選定され,目的に応じて使い分けられている。量産技術としては緻密で密着性や皮膜の付き回り,高い生産性のCVDがやや優位にあるものの,基板に対する薄膜材料に制約の少なく制御性の良いPVDがより汎用性の高いコーティング技術として多方面で使用されている。切削工具,機械部品などへの皮膜には,密着性,耐摩耗性が要求されるため,このコーティングに適用するPVD法においては,アークイオンプレーティング(Arc Ion Plating)3)方式が,形成された薄膜の密着性や強度,結晶性の向上などが期待できることから用いられている。
ここでは,PVD法の一種であるアークイオンプレーティング法について説明し,このプロセスを用いてコーティングした皮膜について例示することによって,その特徴について解説する。
ものづくり・R&D レビュー 第2号(2013)掲載